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復旧から復興へ
近代のあゆみ
本文
復旧から復興へ
更新日:2008年3月25日更新
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写真で見る復旧から復興
※写真をクリックすると拡大して表示します。
写真の無断転載禁止
本町通りでの給水風景(町中心部の水道が止まり、まず水を配給が先決になった)
小学校前本町通りに積み上げられた土砂
自衛隊による薬剤散布が行われた
役場2階で救援物資の整理に協力する婦人会のかたがた
災害直後、徒歩で飯豊町方面へ向かう人びと(国道113号水沢付近)
突貫工事によって百子沢峠は、新潟県へ唯一の迂回路となった
国道113号が伊佐領駅まで開通した後は、小国-伊佐領間を国鉄バスによって列車代行運転を行った
赤芝橋の落橋によってかけられた組立橋
赤芝発電所付近の国道113号の応急復旧
工事が完了し、機関車で試運転をする水沢鉄橋
東芝電興(現在のコバレントマテリアル株式会社小国事業所)ではヘリコプターによる製品輸送も行われた
昭和43年6月28日災害以来10ヵ月にして米坂線が全線開通
災害復旧の中で進められた小国開発総合センターが、昭和43年11月13日に完成
小国小学校の土砂の片づけに活躍する小国高校生
小国高校グラウンドを空輸基地として、ヘリコプターによる空輸が行われた
全国各地から届いたたくさんの救援物資
自衛隊空輸部隊が撤収するにあたり謝辞を述べる今町長
水沢地内の応急復旧でようやく自動車の通行が可能となった
住民の力で11の仮橋を架けた西滝集落
小国大橋右岸欠壊箇所には仮橋をかけ交通を確保した
赤芝地内の国道復旧工事
上部工の架設工事をする大石鉄橋
急ピッチで工事が進む荒川第4鉄橋
西地内に立てられた災害公営住宅
災害で被害を受けた越戸分校の閉校式
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