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飛泉寺のイチョウ(ひせんじのいちょう)

更新日:2017年5月25日更新 印刷ページ表示

飛泉寺のイチョウの画像

名称

飛泉寺のイチョウ(ひせんじのいちょう)

指定区分

小国町指定文化財(天然記念物第3号)

指定年月日

昭和57年3月31日

所在地

小国町大字市野々地内

土地管理者

国土交通省北陸地方整備局 羽越河川国道事務所 横川ダム管理支所

大きさ

樹高

およそ25m

幹周り(目通り)

7m

概要

越後街道の宿場、市野々集落の飛泉寺跡にあったこの大イチョウは、ダム建設に伴い現在地に移植されたものである。

飛泉寺は、応永34年(1427年)、新潟県村上市にある耕雲寺(曹洞宗)の和尚傑堂能勝こと楠木正成の四男、正儀の子、正勝により開山されたと伝えられている歴史ある寺である。大正のはじめに火災に遭い伽藍・什器等はことごとく失ってしまい、その後再建されることはなかった。だが、傑堂能勝入寂の地と伝えられている踏まずの塚や消失を免れた本尊・黒地蔵尊(子易地蔵尊)などは、この地がダム湖に沈むまでの間、山内の一隅で地域の人たちに守られ歴史をつないできた。(黒地蔵尊は現在東原地区に移転しお堂を建てて祀っている)

越後街道、宿場、傑堂能勝、飛泉寺、黒地蔵尊、横川ダム、離村等の言葉と並び、市野々と飛泉寺を語る上で欠かせないものの一つとして、深い歴史を持ち希に見る巨木である大イチョウがあげられる。

町指定文化財”飛泉寺のイチョウ”は同寺の庭前に植えられていたものであり、時代は飛泉寺開山の頃まで遡り、樹齢数百年に及ぶと言われている。

この大イチョウは、小国町綱木箱口地内に建設された横川ダムの貯水池内に生育していたことから伐採補償の対象となったが、地域住民からの強い要望と文化財保護の観点から、伐採ではなく非浸水域へ移植され、保護されることになった。

横川ダムは平成2年度に着工し、同20年3月に完成した多目的ダムである。この時移植された大イチョウは、根鉢と架台を含め、総重量は凡そ300トンもあった。これを約100m山側の約9m高い台地に移動し、浸水域から遠ざける大工事が行われた。平成19年11月22日、あらかじめ整えておいた根鉢のジャッキアップを開始し、敷設したレール上をゆっくりと移動させ、12月15日までの24日間をかけて作業は無事完了した。

移植された大イチョウは、その後しっかりとこの地に根付き、ダム湖と一体となり四季折々に優美な姿を楽しませてくれる。