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上杉景勝公御下賜の采配(うえすぎかげかつこうごかしのさいはい)
小国町指定文化財(工芸品第二号)
昭和59年3月31日
小国町大字小国小坂町
個人
柄長23cm
房長20cm
これは、町内小坂町の木島家に代々家宝として伝わってきた上杉景勝公御下賜の采配である。昭和59年3月、工芸品第二号として町の文化財に指定され、その後、昭和60年9月に『広報おぐに』で紹介されたものである。『広報おぐに』によれば、木島家と采配との関係、そして当時の史的状況は以下のとおり。
「越後統一を志した上杉景勝は、天正15年(1587)3月、自らも出馬して本格的な新発田征討にのり出した。8月には赤谷を攻略し、9月には五十公野(いじみの)城と新発田城を包囲。直江山城守を大将とする軍は、一カ月後の10月23日五十公野城を落とし、数日の戦の後、新発田城に乱入した。(中略)
景勝は、この戦いでめざましい奮闘をした家来の木島秀富を激賞され、自らの采配と扇子をおくった。このことは木島家の家系図書にも記されており、ここに紹介するのがその采配である。
柄の部分は木製で23cmあり、握りのところは楕円形をしている。紙房は20cmで、鹿皮で結ばれている。柄の下部に5cmの六角穴があり、平打ひもが通されている。また、8の字型で稲穂のような模様のついた金具がついている。」
本采配は実戦にも用いられたといわれ大変珍しいものである。また、戦国武将上杉景勝と本町木島家の先祖について語る貴重な資料でもある。