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山形県小国町

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トップ資料とまちづくり第4次小国町総合計画の策定〜

第3回まちづくり研究会の結果

日 時
平成21年1月21日(水)午後3時〜5時
場 所
都道府県会館404会議室
出席者
岡ア昌之委員(座長)、宮原博通委員、政所利子委員、田口洋美委員、小田切徳美委員
町長、副町長、事務局

【内容】

岡ア委員が座長となり、協議を進行。第4次小国町総合計画基本構想素案について、事務局より説明。その後、各委員より以下のような助言、意見をいただきました。


ダウンロード 第4次小国町総合計画基本構想素案(1月21日)(PDF:838KB)


▼岡ア座長

前回より随分すっきりしてわかりやすくなった。基本構想としての全体の構成、あるいはこれを役場内、町内に、まちづくりの基本的な姿勢として配布するという点を考えて、読みにくい点、意味のわかりにくい点などお気づきのところがあればご意見をいただきたい。今まで、様々な市町村の基本構想の策定を手伝ってきた経験があるが、基本構想には読んで腑に落ちる、ストーリーがしっかりして読みやすいということも、住民に理解してもらう上では大変重要で、できれば1つの物語になっていることが望ましいと常々思っている。先日、事前に素案をいただき、文言等の追加、修正について意見を述べさせていただいたが、委員の皆さん方でお気づきの点があれば、まずは、第1章から第4章8ページまでの部分でご意見をいただきたい。

言葉の関係で、第3章に「天・地・人・時の利」とあり、これらは素案の最初の段階から使われていた言葉であるが、「人の利」という言葉は普段使うだろうか。それが、今見ると気になるところである。意味としては、いろいろな人が小国に住んで今に至り、あるいは外の人たちともうまい連携をつくろうと表した言葉であり、わからなくはないのであるがここだけ変えるのはおかしいだろうか。


▼宮原委員

おっしゃられるように日本語としてはない言葉だ。ただ、ここでは町の特性をそういう意味でとらえて述べているのであれば、内容はこのままでいいと思うので、「人の利」を違う表現にすることも考えられる。「〜の利」と合わせなくとも、「〜の人間性」というタイトルで表せばいいのではないか。


▼岡ア座長

韻を踏んでいるということもある。「人の和」という表現が一般的に感じるが、「人の利」と言って意表をつくのも一つの言葉の使い方であると思う。それほどこだわっているわけではない。あまり違和感もなく、このままでよろしいということであれば、これで進めることとしたい。


▼田口委員

これでいいのではないだろうか。


▼小田切委員

7ページで多様な主体論を述べているが、内容は国や世界において、こうした動きを推し進めているというものになっている。現状はそのとおりであるが、問題は小国町内でこのような活動が非常に活発に行われている状況なのかどうかではないだろうか。もしそうでなければ、そのような潮流が一般的なのに対して、小国町ではまだまだ充分ではないという認識を示した上で書き込むのも一つの手であると思う。また、8ページで、農山村が食料、エネルギー、水、そして空気をふんだんに供給しているという部分。まさに今、ポスト京都議定書の議論が進んでいるところで、CO2吸収源としての森林の役割ということにとどまらず、最近では農地をどうカウントするのかということが議論となっている。その点では農山村が一つの焦点になっていて、農地のCO2吸収源としてのカウント、企業が農地を買うのか借りるのかということは不明であるが、そのような意味で貢献するような事態になってくると考えられる。したがって、あえてCO2吸収源という表現をここに入れていただければと思う。


▼岡ア座長

CO2吸収源としての森林は理解できるが、農地でもその効果があるといわれているのか。


▼小田切委員

純粋な効果として量的には少ないのであるが、実はアメリカが京都議定書に復帰するときには、農地のカウントを前提に、という話になっている。今年、来年の焦点は農地をどうカウントするかということになる。


▼田口委員

全体的に、“これ”、“それ”など指示代名詞が多い。例えば5ページに、“これ”が繰り返し使用されている。「これからの」を「将来の」というように整理すれば、非常に読みやすくなると思う。主語を明確にすれば、よりわかりやすくすっきりする。


▼岡ア座長

指示代名詞については、改めて整理していただきたい。また、先ほど小田切先生がおっしゃった7ページについても、小国町内での状況を反映したような文面に修正していただければ、と思う。 第5章以降の後半はどうであろうか。11ページにあるように、全体を白い森公園と位置づけて、5つの交流ゾーンに分けるという考え方はどうなのか。


▼事務局

全体的な交流の考え方としては、今まで5つの交流基地を設定し、それを拠り所にしながら、多面的な交流を進めていこうというもので取り組んできており、その点についてこれからも変えるものではないという整理の基に、6つの地域づくり基盤というものを設定させていただいている。ただ、それは生活基盤、社会基盤でもあるため、この交流に関する部分での整理ではなく、3つめの目標として示している「暮らしやすいまちづくり」の「支えあう集落の仕組みづくり」の方で述べた方が的確と考え、再整理させていただいた。


▼岡ア座長

これは、このたびの新しい基本構想における町内の大きな区域割を、6つで考え直そうという提案でいいのか。


▼事務局

地域づくりを進めていく基盤としては、6つの地域づくり基盤が基本になるという考えである。


▼宮原委員

これからの小国が目指すべき活動として、第6章9ページの「培ってきた知恵と技が人を育むまちづくり」を受けて、10ページ上段の「人づくり」における小中高一貫教育の推進や、学校教育における生活文化、技術の評価、継承を述べるのは、とてもいいつながりである。この流れで、10ページ下段の「地域資源を核としたしごとを生み出すまちづくり」の中に、人づくりと連携した言葉があるとさらに心強く感じる。地域の課題解決に向けた社会的起業という側面で地域産業をとらえたうえで、社会的起業をこれから展開していく、産業相互の連携していく、それらを進めていくには担い手づくりを意識していくことが求められている。小国は、教育の場面はもちろん、新たな地域産業を振興する際にも、担い手づくりを具体的に織り込んでいくことになると、それだけ小国は強い人づくりをしていくのだという、そのような意図を示すことができるのではないか。


▼岡ア座長

当然、地域産業の振興は、人が進めるのだから、そうした表現も必要である。第一パラグラフに追加して入れるといいのではないか。


▼小田切委員

今後農山村といえども、かつてに比べれば流動性が高くなると想定される。これは必ずしも定住ではなく交流も含まれるが、例えば若者による集落支援員というものも含めて、流動性が高まることは間違いないだろう。そうしたときに、基本構想というものは、新しい人を募集する一種のパンフレットという位置づけになるのではないか。小国町はこういうまちづくりをするから来ないか、というようなパンフレットになるだろうし、あるいは生活のカタログのようなものになるだろうと思う。そこで8ページ第5章の将来像、いわゆるスローガンの部分が、従来は頭の中からひねり出したようなスローガンが多かったと思うが、非常に大切になる。それを前提した場合、ここに新しい言葉として「元気と勇気」が示されており、特に勇気という言葉について、これをどう考えたらいいのか。一つ一つの内容をみた場合、この勇気とどのように絡んでいるのかが必ずしもはっきりしないし、逆に「勇気あふれる小国町に来てくれ」というアピールとなるのであれば、この言葉は大切に吟味して使っていただきたい。この勇気の含意を少し話していただければと思う。もう1点、15ページで、6つの地域づくり基盤における地域づくりテーマに基づく物語。これについては、あくまでも一例であると書いているわけだが、14ページの説明においてもそのような意味のことを書かなくていいのだろうか。それらは、ある種町としての期待といった意味あいや、あるいは借り置き的なもので、物語の一章一章は住民が作り上げ、それによって物語がより豊かになることを望みたい、といったような文言があると住民自らの位置づけも理解していただけるのではないか。ここに書いたことをどのように解釈し、本文に取り込むのかということをより検討していただきたい。


▼岡ア座長

これは一つの例であると述べているけれども、ここまで明確に位置づけを示してしまうと、住民に一定の方向性を与えてしまうのではないかということだろうか。


▼小田切委員

決して否定的な意味ではなく、町が期待をこめて示すということはあるべき姿と考える。ただ、これ自体をより膨らませることが住民の責務であり、場合によっては修正することも責務になる。また、町の中における分権ということも課題ととらえるならば、そのような意味で意識的に書いていただくことも、平成30年を目指せば必要であると思う。


▼岡ア座長

編集の面で考えると、小田切先生がおっしゃるような位置づけになると思う。同じようなトーン、ページで示していくだけではなく、このページ(15ページ)だけは四角で囲んでしまうか、言いたいことを下に「注」として述べておくということかと思う。


▼田口委員

9ページの「子育てにやさしい環境の充実」で、「小国に生まれ、〜」という部分の「生まれ」を取っていただきたい。前段で人々の交流が大切であると述べているのに対し、子どもたちは小国に生まれなくては、というように曲解されかねない。そうではなくて、小国で生きていく、生きていこうとする、小国を担う人材にするには、「生まれ」という表現は必要ないと考える。


▼岡ア座長

8ページ第5章の将来像の「勇気」という言葉について、事務局からコメントいただきたい。


▼事務局

「勇気と元気」という語呂合わせという意味あいもあることは確かであるが、ただあえて「勇気」という言葉を使ったのは、これからのまちづくりにあたっては、新しい取り組みや、これまでとは異なる価値観を持っていくといった、積極的にチャレンジする気持ちを持ちながら、様々な取り組みを進めていかなければならない、そうした姿勢や思いから使ったものである。内容に即しているのかどうかという課題は、ご指摘のとおりであると思う。


▼宮原委員

第6章の中に「勇気」という言葉が入るといいのではないか。高い志を持つ人々の結集を呼びかけるというのは、相当影響があると思うので、第6章に位置づけていくことを考えていけばと思う。


▼田口委員

既存の枠にとらわれず、これからの中山間地域を支えていくには、新しい人材が必要で、誰が来ていいよという姿勢を持ちつつ、そういう外の人たちに刺激を受けて地域の人たちも頑張ろうという気持ちが起こるとともに、そこでは勇気を持ってそのような人たちを迎えよう、あるいは勇気を持って自分たちの道を変えようといったことを訴えることができる。一方で、小国の人たちも勇気がいるけれども、他所からきた人たちも勇気を持って小国にやって来る。両者が共に勇気がいるのだということではないだろうか。そのような人材が必要であるということで、人づくりの部分で述べてはどうかと思う。


▼岡ア座長

そこが一番落ち着くのかなと思う。そうなると、10ページのタイトルにも「勇気」という言葉を入れたほうがいいのではないか。それを連動させれば、「元気と勇気」というフレーズもスムーズに受け止められると思う。


▼政所委員

基本構想は、これからの長期的なプログラムという位置づけのほか、小国のプロモーションに使えるものというとらえ方もできるとすると、もっと力強く書き込んでもいいのではないかと思う。例えば、「培ってきた知恵と技術が人を育む」というタイトルは大変優しい表現ではあるが、過去の部分をこれからも繰り返していくだけのような印象を持ってしまう。9ページについては、全般的に過去の振り返りが大変多い。むしろ先端技術の中で、限られた資源しかない集落の生き方、暮らし方にある技術が評価され、ものづくりに反映されてきた。雪国であれば、室に物を保存するとどういう変化があるのか、ということを理解しており、それが物の技術資源として高い価値がある。例えば、代替エネルギーとして、今グローバルに考えられているグリーンニューディールのように。「心に温かい」ということに合わせてより一層強い書き方をしても良いのかと思う。基本目標を私なりに置き換えた言葉で表現させていただくと、1つ目の基本目標は「培ってきた知恵と技が人を育む〜」を、「培ってきた知恵と技が生きる力を育む〜」というような、そこに次の時代の鍵があるのだというような書き方をすべきではないか。2つ目は、「地域資源を核とした仕事を生み出す〜」だけでなく、「地域資源を核として次代の仕事を生み出す〜」のように、単に食べていくための仕事を生み出すのではなく、もっと次の時代のことを考えてという意味を加える。3つ目の「支えあいの心がつなぐ暮らしやすい〜」は優しい表現でいいが、もっと強く、「支えあいの心が暮らしやすさをつなぐ〜」といった、主格が見えてくるような表現にする。4つ目でいえば、「新たな豊かさを実感できる〜」の「新たな」を「確かな」に変える。新たなというとただ新しいだけに思えてしまうので、「真」の意味は確実に次の時代に変わるという、強く押すところがあればいいのでは、と思う。具体的に言うと、小国の産業で他の地域と差別化できるものは何かというと、都会であれば何でも人の才能を見破るという文化であるが、小国では見守るという文化であり、先に述べた室の話でも、ゆったりと待ち置くことによって、食品を発酵させるバイオテクノロジーということがある。それは、実は最先端であり、そのような先人の技術を活かす空間があって、昔からの少量の資源を生かす知恵が遺伝子として小国にあれば、次の時代に小国がどういう勝負ができるかというと、もともと様々な困難を駆使してきた、そうした自然との共生、文化と歴史であろう。大統領は変わり、金融破綻等の激動の中で、まさにこのタイミングで基本構想を世に出すときに、そうした意味あいを強く表していいのではないかと思う。そうすると、気になる文章として、6ページ第3章の「時の利」に田舎暮らしを嗜好する人が増えているというくだりがある。嗜好する程度の人には来てもらわなくていい。もっと意志を持ってここ小国を選ぶ。地域も町も人を選ぶ。お互いに選び合うということが計画には書いてあってほしいと思う。また、その次のスローライフ、スローフードは流行しているということは、現象としてそのとおりであるが、もともと日本の真似として欧米で流行しているものなので、この表現はいかがかと思う。


▼岡ア座長

おっしゃるとおりであると思う。小国の方は優しい心の持ち主なので、非常に控えめに書いているのではないだろうか。今、お話あった部分は、それぐらい踏み込んだ方がアピール力はあるのかもしれない。6ページで、先ほど小田切委員からもあったように、小国を目指す人は今までもいたわけであるが、これからは外のいい志をいかにうまく入れるかということを重要視し、それを書き込むと同時に、小国はそういう姿勢でいるのだと伝わるように表現していくべきであろう。そういう点から、18、19ページの「主要プロジェクト」では、小国を目指す人を受け入れる、あるいはそういう人を積極的に獲得するというようなプロジェクトも加えていく必要があるかもしれない。


▼田口委員

閉じた表現ということで言えば、文化や技術の記述にもある。文化とは止まっているものではない。生き物なので、文化を動かしていく力、受け継がれるもの、受け継がれないものを決めていくのは町民である。今文化として見ている姿というのは、その中で整理されているものであって、これからもその整理は続くのである。昔のものはいいものだから受け継ぐのではなく、地域の人たちが生きていくために必要なものがやはり受け継がれるものである。受け継ごうとして補助金を出しても、だめなものはやめてしまう。例えば、小国に生まれた、私たちと同世代の方たちは、様々な体験をしていると思う。子どもの頃の小国の感覚と今の小国の感覚は相当の違いがある。儀礼や風俗で失われたものも数多くあろう。その時に、若い世代であった我々はそれを振り向きもしなかったということである。その場で振り向くぐらいの力量があれば、引っ張ってきたであろうし、置いてきたのにはそれだけの理由があったはずである。その部分で文化は生き物ということ、そして文化をもっといいものに作り変えていく。昔のものを受け継ぐということだけでなく、受け継いで変えて、また次の時代に送っていく。ただ、姿形にとらわれず、本質は変わってないということである。里山にしても日常の延長にあった山の姿であり、その山が無くなったから荒廃しているのであって、姿形だけを昔のままに戻そうとしてもできるわけがない。それをするためには、昔に戻ってかまどでご飯を炊くなどの生活様式を変えないとできないことになる。むしろ新しい里山のあり方を創り出すのだという気持ちを持っていないといけないと思うし、すべてにおいてそのようなものであると思う。過去によりどころを求めすぎている表現になってしまうと、未来が閉じてしまう。確かに文化を評価してくれるのはうれしいが、その反面、それは開いていかないといけない。いろいろな人が入ってくるということは文化を再編することにもつながるので、作り直されるし組み替えられるし、それを覚悟の上で受け入れるのだということを理解しておくべきである。外から来た人は、地域の人たちが守り続けようとしているものを嗅ぎ取って、それに乗っていこうとするし、それが残されていることの意味を徐々に知ってきて、それに溶け込んでいくはずである。したがって、継承していく文化を固定しないというイメージをどこかに書きこんでいただきたい。文化は変化することを。


▼岡ア座長

全体的に固定化された文化への評価が強いということであろうか。。


▼田口委員

子どもたちは新しい解釈を持つだろうし、新しい彼らの感性で新しい文化を引き継いでいくだろうから、それを許すということである。そうしないと「勇気」という言葉は出てこない。博物館の中で暮らせというわけにもいかない。それは、中山間地域の高校生たちの時間が止まっていることになる。技術として残されているのであって、それを壊すということではなくて、それを感じていく感性、受け入れる文化があれば変わっていくものと考える。


▼岡ア座長

それは全体的に関わることであろう。全体を通してトーンが過去の文化にやや価値を置き過ぎているが、その視点での捉え方だけでなく、その文化を子どもたちや外から来る人たちも含めて新しいものに継承していくというような意味あいを持たせるということであり、それは政所委員の意見にも関わっていくと思う。これはどの部分をどう修文するということではなく、そのような視点でもう一度整理し直してみると、うまく修正できる所が出てくるであろう。


▼田口委員

継承し、また回転していくための新しい文化を創設していくのだということを述べていく。新しい中山間地域の生き方を模索していくことを前提として、どこかで一言ふれておけばいいと思う。


▼小田切委員

基本構想というのは、外から来る人に対してのパンフレットという位置づけが今後ますます重要になる。Iターンフェアで基本構想を渡さなかったのは、業者の怠慢であると思う。これからあなたが住もうとする町では、今後このようなことをしようとしているのだということを示すものである。そうした機会に基本構想を渡すような時代になって、新しい住民が選び取るということになったときに、おそらくある種の思想性が求められてくるものと考える。そのような思想性が前面に出てくるような基本構想であるべきであろう。そういう視点から見ると、今までの基本構想から比べ、はるかに思想性が高いと思う。4〜6ページ第3章は今までの基本構想にはありえなかった部分で、高らかに小国を謳い上げている。6ページの上から5行目にある強い言葉、「取り組んできた創意性、強い信念」といったように、「これを見てみろ」と打ち出されている。このように創ってきたものに共鳴し、共感してくれる人を受け止め、さらにはこの文化を新たに導くものにしていかなければならない。今までのように「あれをしろ」「これをしろ」ではなく、「わが町はこうだ」というところが基本構想には求められていく時代になった。


▼岡ア座長

そういうことに共鳴した人に来てもらうことが、お互いに高めあうことになる。


▼田口委員

マタギも、昔のマタギなど今ではできない。しかし彼らの持つ技術やノウハウは必要である。従来のマタギの親方制度など形に捉われていては、新しい枠組みでの自然の恵みは得られない。新しいマタギ像をどう作るかという議論であって、昔懐かしいマタギを踏襲しようということではない。文化というものは日々変わる生もので生き物だ。そこを固定してしまうと息が詰まる。


▼宮原委員

政所委員からあった、強い言葉に変えていくことは賛成である。そこで、18〜19ページ第8章の「主要プロジェクトの設定」の中で、このプロジェクトをきちんと検証していく場合に、その財源も確保するとあるが、実際動くときに必要な「プロジェクト管理」という姿勢をここに入れた方がいいのではないか。財源の確保だけではなく、課題に対する状況認識と解決策も示していくということを加えるべきと考える。


▼事務局

主要プロジェクトは10年間における戦略的な位置づけとしての整理をしており、網羅的には各事業を今後基本計画で整理していくので、そこで連動させながら考えている。これについて強い意志で望むという意味でいえば、おっしゃられるとおりかと思う。


▼岡ア座長

主要プロジェクトには当然管理と評価は必要であるが、主要プロジェクトの設定という第8章の中に馴染むであろうか。


▼政所委員

17ページ第七章の最後に盛り込んだ方がいいのではないか。


▼田口委員

基本構想について、評価する基準のようなものを持とうとするかどうかであろう。あくまでもこれは指針であるから、施行するというより姿勢を表し、謳いあげているものに対し成果を求めるかどうかというと、少しそれはずれると思う。むしろ我々はこのような姿勢で進めるということに終始した方がいいのではないか。


▼岡ア座長

個別の計画に対しての管理と評価ということで、そのレベルで謳うこととしていいのではないかと思う。


▼宮原委員

第7章「基本構想の推進に向けて」の中に入れてもいいかと思うが、従来実施プロジェクトの段階で評価となるが、その前の構想自体の中でもそれを見ていくという姿勢が大切かと思う。


▼田口委員

構想の実現性ということになると、実際にできるのかということは、また別問題ではないだろうか。構想の実現性について謳うと、縛られすぎるような気がする。


▼宮原委員

構想レベルでの確認は必要であると思う。従来きちんとフォローがなされてないことが多い。


▼岡ア座長

第7章「基本構想の推進に向けて」ということで、構想をどのように進めていくか、ということを述べている。今までであれば、行政の対応のみの記述になってしまうところであるが、もう一歩踏み出して自治基本条例を策定しようということにも言及している。宮原委員のおっしゃることもよくわかるが、基本構想の中には微妙な感じがある。


▼副町長:

この部分はかなり高度な意思表示として、宮原委員は実現したいという意図があるのだと思う。今までの構想にはなかったので、具体的には難しいところがあるが、読んでいただく方にも固い決意があるなと思っていただけるのであれば、第7章の前段の前文あたり、そのようなことも合わせてきちんと検証して進めていくという文言が入るといいのではないかと思う。


▼岡ア座長

宮原委員がおっしゃっていることは、1ランク上のことかと思う。そうすると第7章の(1)の前にその姿勢を示せばいいのではないだろうか。


▼田口委員

これは10年間の基本構想であるので、このご時世では全て可能かどうか難しい面もある。おそらく見直さなければいけない部分も出てくるであろう。あまり拘束力を持たせてしまうのは得策ではないように思う。このような理念でまちづくりを進めるという、これ全てが理念であろう。これで行政は動いていくということなので、今後細かい事業では目標が設定されていくだろうし、ここでそこまで拘束することはない。10年間の方向性を町の内外に示すのが本旨であると思う。


▼宮原委員

田口委員がおっしゃるように、この基本構想はそういうものであるから、10年かかるけれどもそれに向かって進み始めるものという認識になろう。公に外に出て行く時にはそれがスタートになって動いていく。時によって、内容によってどういうスパンで見直していくのか違ってくるが、そこでいつも基本で打ち立てたものと現実と比べてどうかということになる。それがパンフレットの存在であろうし、小国ではいつもこれを見ていくという姿勢を持つということである。10年の間に少子化等もっと問題は急激に進んでいくだろうし、力強いものを目指す小国であるけれども、これだけのことを目指すのは大変なことである。これが本物だったらすばらしいことだし、本当の力を蓄えていくことができる。では、それがどの程度力が蓄えられているのか。どの場面でそこへ向かっていないのか。きちんと構想を立てた以上は、それを見ていかなければならない。ここでは、「引き継がれるものにしていく」、「可能にする」、「明らかにしていく」、「努めていく」といった言葉で成り立っている。これがまさしく理念である。それが1年後、2年後、数年後社会の変化とどの程度ずれているのか、これを作る意味がそこで浮き彫りになる。


▼田口委員

あまりにもマニフェスト化してしまうと、行政がこれに縛られてしまって問題が出てくるだろう。これから10年なのでどういう枠組みが動くかわからない。その時点で変えればいいが、一応10年の期間をもって基本構想として書いていることから、これは構想なので約束はできない。そこに評価というスタンスを入れてしまうと、やはり拘束してしまう気がする。


▼岡ア座長

評価や管理といったことは、具体的な計画が出てこないと非常にあいまいになる。17ページ第7章「基本構想の推進に向けて」というタイトルの下に2行のリード文があるので、ここに基本構想に基づいて策定される具体的な計画については、きちんと管理、評価を行っていくと書き上げておくほうがいいと思う。


▼宮原委員

そこで全体に管理、評価をしていくとしておけば、それがより精度を高くし、次に基本計画に落ち、実施計画に移っていくことになるであろう。ただ基本構想の中にはそういう姿勢が大事で、謳うべきであると思う。


▼町長

表現をもう少し工夫して、点検と評価をするのだという意志を表したほうがいいのではないか。


▼小田切委員

そのような結論でいいと思うが、今議論されていることは基本構想の性格そのものに関わって、つまりマスタープランなのかアクションプランなのかということ、その性格がどうかであると思う。その意味で、一般的な基本構想からすると、第8章に「主要プロジェクト」が示されているのは異例で、第7章までが普通の基本構想であろう。これが小国スタイルだと思うし、その小国スタイルをどう考えるかだと思う。マスタープランの中に、きちんとした約束をアクションプランとして示すというのが小国スタイルだとして、実は時代をリードするスタイルかもしれない。もし時代をリードするようなスタイルであれば、そこにあえて評価をしていくということを書き込むということもあるかもしれないし、マニフェスト的にあえて入れていくということもあろう。これは町長さんの、とても高度な政治判断なので、そこはお任せしたほうがいいと思う。


▼岡ア座長

「主要プロジェクトの設定」については、今まで文言としても「・・・事業」という整理になっており、私はそれに違和感を持っていた。それでは、かえって縛ることになるし、基本構想に掲載している事業を何でやらないのかと問われるので、今回は「・・・の拡充」といった少し幅を持たせた表現にしていただいたが、基本構想をわかりやすくするためにも、少し踏み込んだ方がいいという感じは持っている。ただ、改めてプロジェクトの内容を見てみると、少し首を傾げたくなるところもあるようで、例えば「小国を担う勇気ある人づくり」で、一つ目は「小国小学校・小国中学校に改築の推進」という表現になっている。ここは単に改築することで人づくりになるのかということもある。ここの文言はもう少しレベルを高め、見直した方がいい。また、具体的に外の人たちに渡していくときのパンフレットとしても意味が非常に大きくなるので、Iターン、Uターンの勇気ある人々に、ともにまちづくりをしていこうという、決意表明としての施策や、その推進事業の拡大といったものも表していただきたい。ここは、もう少しここを整理すべきと考える。


▼町長

理念は理解できる。では、小国はこの理念を実現するために、どのような戦略的プロジェクトを想定しているのか、というところで整理をしていくべきかと思う。ただ、その戦略的プロジェクトを全く示しておかないと、町内的には、小国はいったい何をしようとしているのか、理念だけではわからないということになることから、補完的にその部分を表示していくという形になるものであろう。


▼岡ア座長

そのような位置づけ、プロジェクトのレベル合わせが必要である。本日、様々なご意見が出されたので、その新しい意見に合う、しかも小国の現在の状況から具体的に取り組めるもの、あるいは取り組んでいかなければならないようなものも出てきたので、それらも入れ込んでいただきながら、どこまでお示しになるかは町長や審議会にお任せすることになるものと思う。


▼政所委員

16ページ上から6行目の「経済第一の価値観を転換させ・・・」という表現が妙に引っ掛かる。都会の人が読むときに、小国に行くと随分ノスタルジックな生活を強いられるような読み方にならないような書き方の配慮が必要であると思う。中山間地域や過疎地域という思いが強すぎて、生活を全て変えないと生きていけないのかと思わせてしまう。先ほど申し上げたことと矛盾しているかもしれないが、やはり住んでみたい、行ってみたい、〜みたいという意志を伴う感覚で小国に直接触れていくような表現にしなければ、現代の経済社会から価値観を相当ひっくり返さないと小国に住めないのかというような勘違いごとになるのではないかと思う。


▼岡ア座長

引っ掛かる言葉は出していただいた方がいい。


▼田口委員

ある一方向の、一方的な価値観だけに身をゆだねるのではなくて、価値観の多様化というような表現にすればいいか思う。今回のものは、相当いいものになっていると思う。


▼政所委員

15ページの地図はこのエリアだけが抜き取って示してあるが、本来豪雪地帯でもあるが、日本海側とのつながりもある、そのようなことからも各章で述べていることや、豊かな風土や水などは、この囲まれている空間だけにあるものではないと思うので、もう少し背景などを含めて掲載することはできないか。


▼田口委員

平面的でなく、もう少し立体的な図にすると豊かさが出るのではないか。飯豊連峰の裏側から傾けていって、そこを切り取って載せるなどすれば感じが出る。


▼岡ア座長

本日の研究会が一応最終であるとのことなので、各委員からいただいた意見等については事務局で補完していただき、座長である私と事務局で責任をもってやりとりさせていだくことで、ご理解いただければ幸いである。それでは、ここで閉めさせていただく。


▼事務局

これまでご指導いただき、ありがとうございました。




問合先

総務企画課
住所〒999-1363山形県西置賜郡小国町大字小国小坂町2-70
電話0238-62-2264  ファックス0238-62-5464
Eメールsoumu@town.oguni.yamagata.jp

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