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山形県小国町

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三平岩屋(さんぺいいわや)
 

名  称  三平岩屋(さんぺいいわや)
指定区分  小国町指定文化財(史跡第4号)
指定年月日  昭和59年3月31日
所 在 地  小国町大字片貝地内
土地所有者  個人
史跡の性格  遺跡(縄文)、伝説
規 模  間口3.5m 奥行6.5m 入口の高さ1.6m 広さ約23u
概  要  三平岩屋は、本町南部の大字片貝地内に所在する。岩屋の東側には飯豊連峰を発源とした清流玉川が流れており、川の所どころには長い年月により作り出された淵があちこちに見られる。
 玉川の浸食崖に形成されたこの岩屋は、石器及び土器の出土や、槍の名人鱒つき三平にまつわる伝説なども伝えられている小国町では数少ない岩屋遺跡の一つである。
 崖下を流れる玉川と三平岩屋との比高は約21m、岩質は流紋岩、内部は約14畳敷ほどの広さとなっている。
 かつてここからは、石斧や石鏃、石箆(いしべら)等の石器や、縄文時代中期及び後期に属する土器が出土したといわれている。
 三平岩屋からさらに200m程離れた県道沿いには、縄文時代の後・晩期に属する岩陰遺跡「権作岩屋」がある。

 −「三平岩屋」のいわれについて− 
 鱒つき名人三平なる者が住み漁をして暮らした岩屋なので、三平岩屋と呼ばれ様になったと地元には伝えられている。更に、米沢市立図書館所蔵の郷土資料「井蛙鄙談(せいあひだん)」の中にも、小国に住み鮭鱒漁をして暮らしていた槍の名人三平についての記述がある。鱒、槍、突く、漁、名人そして三平と、両者には共通点が多く見られる。
 昭和20年代頃までは、雪代と共に鱒が、秋には産卵のため鮭が遡上し、それを捕獲するための漁が、荒川、玉川、横川の各河川で盛んに行われていた。本流玉川とその支流手の倉沢や藤倉沢を近くに持つ三平岩屋は、鱒や鮭漁にとって絶好の地であった考えられる。
 玉川流域で使用された鱒突きヤスは、旧小玉川小中学校の郷土資料展示室に展示されており、これにより、確かにこの地で鮭鱒漁がおこなわれていたことが裏付けられる。
 
 

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